ローマ帝国第16代皇帝で哲人皇帝と称されたマルクス・アウレリウス(121-180)の言葉です。

 

「もっともよい復讐の方法は自分まで同じような行為をしないことだ」 (マルクス・アウレリウス『自省録』岩波文庫)

 

日本ではそんなに有名ではないですが、『自省録』はヨーロッパの知識人からはずーっと愛され続けているすごい哲学的手記なのです。内容は簡単ではないですが短い文章の集まりなので読みやすいです。お勧めです。

 

で、その哲学者マルクス・アウレリウスが言っているのが上のことなのです。まずは、この言葉をシェアしたかったのです。

 

なんか読めば読むほどいろんな意味が凝縮されていて、簡単にコメントできないですが、いじめサバイバーにとっては、読む価値のある文だと思いました。

 

当事者として思ったのは、いじめの連鎖を断つみたいなことなのかな、と。

 

いじめサバイバーにとっての最大のかたきであるいじめという現象への最大の復讐は、いじめというものをこの世からなきものにすることでしょう。

 

それは自分自身の中からいじめというものをなきものとすることであり、それは結局、わたしがいじめ加害者にならないということ、しかも自分自身も含めていじめないこと、なのではないかと思います。

 

じゅんいちは、他人にはいじめをしないかもしれないけど、自分自身のことはまだ結構いじめています。

 

「自分いじめ」を含めていじめをしなくなることが、いじめた相手に対する最大の復讐であって、なぜならここにおいてはじめて、いじめた相手からの影響力がなきものとされるからです。

 

それはつまり、いじめ加害者としてのいじめた相手を自分の中からなきものにするのと同じことなのだから。

 

そしていじめの連鎖と言ったのは、いじめサバイバーにとっての最大の誘惑は、自分はいじめられたからゆえ、自分もいじめてもいいという特権意識をもつことであり、それから自由になって、ようやっとその人にとってのいじめへの復讐が完了すると思われるからです。

 

結局、わたし自身がまずいじめをやめないと、世からいじめはなくならないという当たり前の結論になるのでした。

 

残念ながら、いじめサバイバーはこの「まず」というのを背負わされているようにおもいます。

 
 

親愛なる読者さま

 

つらい悲しいの時にあってもまた、やさしい慰めもありますように。

 

しもむらじゅんいち